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2014. 01. 05  
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 思えば、僕が海に潜りたいと最初に思ったキッカケは、一枚のリーフの写真から始まったような気がする。 深い緑青色の鮮やかな翡翠(ヒスイ)のような水。そこにシュノーケリングで人が浮かんでいる。しかもコテージのすぐ目の前である。その色に自分の全ての時間を溶け込ませたい。意識を丸ごとそこに投射させたいという本能からだったように思う。

 そしてトラック環礁や世界中の海を潜り、更にはジープ島との深い関わりが始まったわけだが。こうして自分のダイビングの歴史も含めて振り返ってみるだけでも、かなり感慨深いものがある。27年のキャリアのうち、もう17年と、半分以上この島と歩んできたことになる。
 世界中を旅したい僕が、これほど一つの所に思い入れがあるのは、やはりこの島が突出した個性を持った「オンリーワン」だからだろう。一つでもそんな所がこの地球上にあるというだけでも嬉しいことだ。

 実際この奇跡のような島に滞在していると、早朝の初々しいまでの澄み切った水に、何度見ても感動させられる。それは何と清々しい気分なのだろう。
 一言で言って、早朝に触れるこの海のイメージは、緑色のブラックオパールを真っ二つに砕き、その断面の素粒子のキラメキの中に包まれる感じと言っていい。珊瑚と水と魚たちが織り成すアクアの色の競演は、珪酸の微細な球に光が乱反射して生ずる、オパールの虹色のキラメキに通ずる。

 相似率。例えば、地上の草花とそこに生息する蝶やハナムグリ達と、珊瑚に群がる魚達との一致点を見い出せないだろうか。
 過ぎ去った遠い日、子供心に夏を待ちわび、汗だくになって野山を駆け回っていた頃。昆虫達の発散する純粋な造形美と神秘性にのめり込んでいった。カラスアゲハのリンプンの妖艶な緑も、クロカナブンのキチン質のシャープな黒も、イトトンボの胴体のはかない青も、何よりも貴重な驚きであった。それは「夏」という特別な季節に、天から与えられた神聖な贈り物だったのかもしれない。

 そして今僕らは、海という鉱脈の中にキラメク、鮮やかな生きた輝石達に出会う事ができる。ダイヤモンドのように輝く幼魚の群が織り成すシルキーな映像に見入り、アクアマリンよりも貴重なソラスズメダイの舞いに酔い、全てのブルーサファイアが集積しても及ばない、ドロップオフの青に浸る。

 アクアの結晶をただじっと見続けていたい。

 とあるインドネシアの島で、イギリスから来ていた旅人が、じっとそのリーフグリーンに見入っていた光景を思い出す。ひたすらじっとだ。ただそうやって一週間いるという。彼らヨーロピアンとは、世界中の辺境の海で出会う。レッドシーでもタイの奥地でもイリヤンジャヤの絶海の孤島でも。そして彼らは豊富な余暇を利用して、旅の中でその場所の意味をひたすら問う。中世から近代、そして現代に至る確固としたプロセスの中に漂いながら。その「あぶくの表層のような現代」に埋没していない、憂鬱ながら透き通った孤独に共鳴する。

 時は流れていく。時間が意識を供なう物質の連続体であることを告げる。開け放たれたドア。木造のこれ以上簡素になれないであろう小屋。その小屋から早朝という事も忘れ、しばし茫然とドアの外の光景に見入っていた。暗く静かな影のような「内」と、明るい光に溢れる「外」と。
  「自分が今ここにいる。」という満ち足りた気持ちで、内と外の融解を楽しむ。南の島の光と影は、表層の意識を少しずつ麻痺させ、次何をすべきかの明快な答を無意識のどこかに用意してくれる
 いつしか記憶のデジャブをたどり、小屋の存在を知る。イメージの奥深く、この小屋は常に深い憧憬と共に「在った」気がする。「外」の光にシルエットのように浮かぶ情景。廃家のように簡素だが、深い存在感のある「内」。その中で沈思する人は実は自分であり、すでにその小屋と一体となって、記憶の中に定着していた。簡素な小屋は、もしかしたら自分そのものだったのかもしれない・・・。

 炎天下の太陽の下にいても、明と暗がハッキリしているからこそ、あるいは風があり水の浄化があるからこそ、頭の芯はすっきりと冴えている。ただ「ここにいるだけ」という何とシンプルな目的意識性だろう。だからこそ島にいる時には、ただの一点のくもりもなく、あるがままの現実を受け入れる。

 朝起きると、目の前に無垢で美しい海が広がる。コーヒーを飲み一息付けて、さっそく誘われるように海に飛び込みシュノーケリングをし、魚たちと戯れる。疲れたなと思ったら陸に上がり、食事をしながら会話をし、タバコを吸い、ゴロンと横になる。そしてまた気が向いたら海に飛び込む。まさに理想のOFFのスタイルがここにはある。この島には何か「原始の故郷」に戻ってきたような懐かしさを感じるのだ。
 そして、太陽と海と生き物達、月と星と仲間達、それ以外に何が必要なのか思い出せなかった・・・。
 久しぶりに見るアメジストのように澄み渡った朝焼けのシーンも、ルビーのように真紅に染まる夕陽も、暗闇に光るトパーズの輝きのような月の出も、島という鉱脈の輝石の結晶のように意識の深層に染み渡っていく。

 小屋から出、朝のナナメの斜光の中をゆっくりと歩く。小鳥のさえずりと砂に打ち上げられる波の音。じっと耳を澄ますと、木の葉を揺らす風の音が聞こえる。ほんの僅かだが、「夏の成層圏」にハダシで立ってみる事ができる。
 うっすらと朝焼けが差してくるイントロから、午前中の爽やかな陽ざし、力強い正午。海面に光の粒を降らせるけだるい午後。そして刻一刻と光のパフォーマンスを繰り出す夕焼け。その後の星々が輝くエンディングに至るまで、島にいると光の表情の移り変わりをそっくりそのまま受け止める事ができる。

 一日という日に内包される、自然の呼吸と色彩を感じ取ること。例えば魚たち。ナンヨウハギやミヤコテングハギの意匠は、しばし見とれる程シックなファッション性を持つし、スパインチークのメスの黒ずんだ赤は、何か深淵な色彩の妙味を感じる。更にリーフシャークの肌は、ビロードの羽衣のような輝きを放つ。そして全ての魚の姿が、すぐれた機能性と造形美に根ざしている事も見逃さない。

 今、鳥の中でも最も美しく貴重とされているカワセミの緑青色の羽の色を翡翠(ヒスイ)という異称でたとえるのならば、まさにその発見の軌跡の中を旅していくことだろう。

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プロフィール

三輪アキラ

Author:三輪アキラ
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 JEEP島プロデューサーとして、この「究極の癒しの島」を、スタート時から17年の長きに渡ってプロモートし、日本中の人達に紹介している。
 専門は「旅」に関する広告関係を専門に扱うアートディレクター&アドバイザー。企画プランニング、写真撮影、文章、デザインから、印刷&web制作まで、幅広くトータルにクリエイティブのサポートをしている。

 元々、JTB&JRの宣伝を扱う広告代理店に所属していたのだが、独立して(有)ギルマンという広告プロダクションを設立し現在に至る。とにかく旅が好きで、海外旅は120回以上に及ぶ。
 特にダイビングはプロ級。27年以上のキャリアで2000本以上潜り、「海」を特に得意分野としている。

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