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2014. 10. 08  
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 このエリアは貿易風の通り道。次から次へと東から雲はやってくる。ただ大型の低気圧が来る事はめったにない。ここでその卵が生まれ、パラオ辺りで台風の子供となり、フィリピン沖で本格的な台風に発達し、北上して日本列島にやって来るのだ。だからパラオには雨季・乾季があるけど、ここは一年を通して同じような気候が続く。ただほんと稀に台風ではないけど、大型の嵐(ストーム)が通過する時がある。
 そしてジープ島の初期の頃、「80年に一度」と言われる、そのストームがやってきたのだ。その渦中、まさにその時、僕はこの島に滞在していたのだ!

 『ん?これはかなり荒れるな・・・』 島に吹き付ける風は今まで経験した事のない強さだった。しかも荒れる西風。ヤシの葉は大きく揺れ、島に流れ着く波は巨大に荒れ狂っている。その時滞在していたのは僕一人。現地スタッフのリペルも心配そうな表情。犬達も脅えたように小屋の下に潜りこんでいる。
 一人のゲストが本島から来る予定だったが、この嵐でボートが出せないと連絡が入った。ボートが来れないという事は、食料も届かない・・・。けっきょく本島との行き来が出来なくなった3日間、僕は現地スタッフのリペルとシノ、そして2匹の犬と共にこの島に閉じ込められる事となった。 

 ただ不思議と恐怖心は無かった。荒れ狂う風と波も、何か地球そのものの喜怒哀楽の一部と受け止められた。その「怒」の部分という事で、『こういう時もあるだろうな』と。この島に居ると、全てを泰然自若に受け入れる事ができるのだ。
 何よりも、風に揺れる樹齢100年以上のヤシの巨木が、いつも以上に頼もしい。そしてこれ以上素朴になれないだろう無骨で質素な小屋が、逆に妙に安心感を与えてくれるのだ。まるで島自体が、『大丈夫、安心して』と言ってるかのように。そしてどっしりと構えているように感じられる。

 更にこんな時でも、島はオーラをまとった様に不思議と明るいのだ。嵐なのに明るい? そこが凄いところだ!
 もちろんシュノーケリングどころではないので、静かに酒でも飲みながら、ゆったりと東屋で過ごしていた。地球の怒りのような嵐の声と、刻々と変わる空の色を見ていると、それだけでも深い自然の映像シーンとして見入ってしまう。引きずり込まれるように。

 夕方リペルが申し訳なさそうに、『アキラ、今日の夕飯は貝とご飯だけだけど・・・』と。食料が届かないので、自分で目の前の浜で拾ってきたものらしい。普段の波では打ち上げられる事のないバッテラに似た貝。とても美味しい貝だと知っていたので、彼女ににっこりと頷いた。
 もう、何が何だか分からないほど物が溢れる都会の生活者にとって、大波だからゆえ打ち上げられて食料になるという、その不思議な因果関係が逆に面白いと思ったほどだ。
 その貝は今まで食べた中で、最も美味しい貝料理となった。

 その夜、僕はいつもどおり、ゲスト用のコテージではなく、スタッフ小屋の砂の土間で寝ていた。その方がシンプルに島を裸足の感覚で感じられるからだ。犬のビキニが不安そうに寄り添ってきた。『うん、君が居てくれて嬉しいよ』と、いつも以上に優しく撫でてあげる。こんな時だ、「犬は最高の人間の友だなぁ」と感じるのは。
 風は治まらず、激しく打ち付ける豪雨の音。でも不思議と心は平穏だった。ここではそれすらも、「地球のもう一つの顔」として見れるからだ。顔が見れれば安心だ。こんなにも激しく怒り狂う事もあるんだなぁと。凄まじいまでのパワー。そして、人間にはどうにも出来ない、巨大な「畏怖」のようなものを感じる・・・。ただ静かに怒りが収まるまで待とう。このまま永遠に続くことはないのだからと。

 そして土間にも海水が上がってきて、川のように流れてきた。でもリクライニングチェアを置き、その上に布団をひいて寝ているので、何も問題はない。犬のビキニは、さすがにこの時だけはベッドの上の足元に置いてあげた。何も心配することはないよと。 
 そして、サンダルがするすると川のように海水の上を流れていく。このシーンは未だにくっきりと脳裏に焼き付いている。それは恐怖とかそういうものとは別の、ちょっとコケットな「笑い話のように面白い光景」として。
 驚くべき事に、僕はこの嵐の3日間を心のどこかで楽しんでいたのかもしれない。めったに経験できない、地球が奏でる、ある種の天然自然のパフォーマンスとして。

 3日目に少し風が収まり、本島から来るボートが見えた。波はまだまだ高いので、島の近くまでは来れない。ゲストはもう泳いで来るしかないだろう。ビニールに入れた荷物を受け取ろうと、僕もボートの近くまで泳いで助けに行く。ようやく島に上陸できたゲストは、満面の笑みを浮かべた。3日間、本島のホテルで嵐の中に釘付けで、とても不安だったという。でもこの島に上陸したらホッとしたと。
 何だ、それじゃあどっちが閉じ込められたのか? 立場が逆だなぁ、と。でもそれは分かる!

 その後話しを色々聞いて、状況はかなり把握できた。今回のストームは、ここトラック環礁では80年に一度と言われる程の大型の嵐だったのだ。おそらく80年前に同じくらいの嵐が来たのだろう。大きな島では、山の斜面が崩れ、民家が押し潰され、死者も65人以上出たという。
 本島のホテルでも、コンクリートでできた頑丈な桟橋が倒壊し、敷地内のヤシが何本も倒れ、ゲストの泊まっている部屋の窓ガラスを割ったり、大きな被害が出たのだった。

 それで、これだけの被害を出した中で果たしてジープ島はどうだったのか? その渦中に、まさに僕は泊まっていたのだから。
 頼もしいヤシの木は幾本の葉が落ちただけで、何事もなかったように以前のように威厳をもってそびえ立っている。海水が流れてきた土間も、ス~っと水がはければ、以前のままに元通りだ。コテージも高床式になっているので、海水も床まで上がらず無事。唯一、西からの強い波が3日間も続いたので、護岸してあったコンクリートの一部が壊れた。でもその程度ですんだのだ。これもすぐに修復できるだろう。

 改めて、『タフで頑丈な島だな』と思ったのだよ、このジープ島は! そしてこうも思ったのだ。
 他のエリアの島で起こる台風や津波の被害はとても大きい。つい最近だとフィリピンでも。そしてちょっと前のスマトラ島での傷跡も記憶に新しい。珊瑚礁に守られていない海域は特にそうだ。更に人工的な物が多く、立派で金がかかっている施設であればあるほど、ひとたび大きな天災に見舞われると、その惨状は反比例するかのように痛ましい。このエリアの珊瑚礁に守られている本島のホテルでさえそうだったのだから・・・。

 それに比べてジープ島は、人工的な物はガラスも含めて必要最小限しかない。だから壊れるという前に、壊れる物もほとんどないのだ。しかも樹齢100年以上のヤシの木がどっしりと根を張り、島の守護神のように守ってくれている。だからどんなに強い嵐が来ても、通り過ぎたら元のままだし、惨状というものもほとんど無い。シンプルであるという事は、いかにタフな事か! この状況は、とてもアイロニーに満ちている。そして現代社会に対して、大きな教訓を秘めていると思うのだ。

 「真のタフネス島:ジープ島」。また一つこの島から学ぶ事が増えたようだ。

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プロフィール

三輪アキラ

Author:三輪アキラ
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 JEEP島プロデューサーとして、この「究極の癒しの島」を、スタート時から17年の長きに渡ってプロモートし、日本中の人達に紹介している。
 専門は「旅」に関する広告関係を専門に扱うアートディレクター&アドバイザー。企画プランニング、写真撮影、文章、デザインから、印刷&web制作まで、幅広くトータルにクリエイティブのサポートをしている。

 元々、JTB&JRの宣伝を扱う広告代理店に所属していたのだが、独立して(有)ギルマンという広告プロダクションを設立し現在に至る。とにかく旅が好きで、海外旅は120回以上に及ぶ。
 特にダイビングはプロ級。27年以上のキャリアで2000本以上潜り、「海」を特に得意分野としている。

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